2010/06/01

日曜大工デビュー?

絵に描いたような負け犬生活を送る私が専ら愛を注いでいるのは、家だ。
休日に一歩も外へ出なくても一向に構わない。床のワックスがけを終えてつやつやぶりにうっとりするのが最上の癒し。「こすらないでね」なんて便利な洗剤が世の主流でも敢えてクレンザーでゴシゴシ磨かなければ気が済まない風呂掃除に至ってはほとんど偏執狂的である。

数年来、ウォークインクローゼットの一角にフックを取り付けたいと考えていた。省スペースというだけでなく、座りの悪い柔らかなカバンはぶら下げたほうがよいに違いない。フックが欲しいと願うばかりで数年を過ごしてしまったのには2つの理由がある。ひとつは強過ぎる愛ゆえ傷をつけたくなかった。もうひとつは、深刻な問題として、具体的にどうすればよいのか分からなかったのだ。
もちろん、学生時代までを過ごした実家では様々なフックを壁に取り付けていた。粘着テープ式、ネジ式、細長いボードに複数並んだタイプなど、その時々で脈絡なく買われてきたフックが行き当たりばったりに据え付けられたり外されたりしてきた。ネジ式フックが抜かれた後の穴が壁のあちこちに残っていたし、使わなくなったけれどきれいに外せないからそのままになっている粘着式フックにカレンダーが掛けてあったりした。
でも――いや、だからこそ、どうしたらよいのか分からなかったのだ。実家のように雑然とした感じに汚してしまうのは絶対に嫌だった。一度付けたらもう外せない覚悟で、これなら愛する我が家に取り付けてもよいと思える代物に出会わなかったというのもある。

数か月前、とうとう見つけた。というと、ずっと熱心に探していたかのように響くが違う。たまたま風呂掃除用のクレンザーを買いに入ったホームセンターで、しかもジャンブル陳列された中に、それは居た。竹材のボードにシンプルな金属フックが5つ並び、3点をネジで留める。フックは開閉式で畳み上げるとボードに埋まる構造だ。大きさ、耐荷重とも丁度よさそう。私は嬉々として家に帰った。
しかしようやく出会ったフックは目的の場所に取り付けられることなく数か月も放置されることになる。

先週末、郊外型の巨大なホームセンターで何種類もあるキリを前に私は悩んでいた。フックの取り付け説明書には「キリで下穴をあけてから付属のネジで留め付けてください」とあって、「下穴をあけないと木面が割れることがあります」と脅し文句も添えられている。実家から失敬してこようか、誰かに借りようか、と数か月逡巡したのち、仕方なく購入することにして工具売り場に来たのだった。
キリは、先端の形状やあける穴の太さに数種類あって、それぞれに柄の長さが3段階ずつ用意されている。加えてキリとドライバーとが一体になった木ネジ用便利工具もある。周囲を見渡すと、どの工具もそれぞれに型やサイズがずらっと揃っているのだ。女性一人客なんて誰も居ない。一瞬よぎった孤立無援な気分から開き直ると、いちばん小ぶりで保管しやすいという理由で細穴用の柄の短いキリを選び取って会計を済ませた。

「負け犬の遠吠え(2003)」や「おひとりさまの老後(2007)」と相前後して取り沙汰された独身女性のマンション購入も、いまや特段の注目を集めなくなった。まだまだ独身女性のニーズに適う間取りが少ないという声はそういう物件が開発されてしかるべきだという当たり前意識の表れで、つまりセグメントとしての確立を自覚しているということだろう。
次は独身女性のDIY市場ではないかと密かに感じている。
これまでもインテリア雑誌がDIY記事を扱うことは珍しくなかったが、どうもファミリー向けなのだ。そこにはダンナ様やパパが居て、ホームセンターでの買い物にもガテンな作業にも“女手ひとつ”は想定されていないようなのだ。
我が家のウォークインクローゼットにいい感じで収まった5連フックを目にするたびにちょっぴり嬉しい。自分の手で作る喜びってやつだ。ただ、堅い木面に閉口して「私がキリで下穴の前に下々穴を誰かあけてくれないかしら」とめげそうになったのも事実。キリの選び方が間違っていたのかもしれない。
(2010年6月 及川 美和子)