2011/04/04

古代中国の風景 その3

ISU研究会
吉田 健司

前回のコラムでは、春秋時代の斉という国の名宰相で法家のはじめとも政治家、経済家とも言われる管仲をテーマとしましたが、今回は管仲の言行録「管子」とともに私が愛読する「韓非子」について書きたいと思います。韓非の著作とされる「韓非子」は、中国古代の法家思想の代表的な書で、韓非は法治主義による政治改革を秦の始皇帝に説き、始皇帝の法思想に影響を与えたとされています。

司馬遷の著で上古から前漢に至るおよそ二千数百年にわたる通史である「史記」に、個人の伝記集である列伝70巻があります。その第三番目「老子・韓非列伝」で韓非について知ることができます。韓非の時代は春秋・戦国時代の終焉期で、秦の全国統一(紀元前221年)に向かって歴史は動いていました。当時の中国は七大強国と呼ばれる燕(えん)、斉(せい)、韓(かん)、魏(ぎ)、趙(ちょう)、秦(しん)、楚(そ)の各国が、中央集権体制を強めながら富国強兵策をとり、権謀術数によって相互に同盟、対立を繰り返していました。これらの国のうち韓、魏、趙は前403年に晋(しん)が分裂してできた国で、紀元前4~3世紀にかけて強勢を競っていましたが、紀元前230年以降次々と秦に滅ぼされました。韓非はこの三国のうちの韓の公子で、自国で意見書を出すも取り上げられず、韓非の書物を読んだ秦王が会いたいと望み、韓の使者として秦に入国、秦王に説は気に入られたものの、秦で生涯を終えています。韓非の最後については、史記に記述がありますが、疑問視する意見もあり、真相はわかりません。

私は、PHP研究所が発行した中国古典百語百話全14巻(文庫版)を読んで、中国の古典を読みたいと思い、岩波文庫を読み始めました。「論語」、「大学・中庸」、「孟子」、「易経」、「春秋左氏伝」、「荀子」、「荘子」、「列子」、「孫子」、「韓非子」、「史記列伝」などを訓読、現代語訳、訳注を中心に読みました。その後、「韓非子」だけは漢文も読んで少しでも韓非の文章に触れたいと思うようになり、高校の漢文の参考書を傍らにおき、時間をかけて「韓非子」を読み直しました。こうして「韓非子」への興味が深まり、韓非に関する文庫や新書も少し読みました。ただ、管仲の場合は管仲という人物に興味を持っていますが、韓非の場合はそうではないので、韓非の研究書はあまり深く読み込んでいません。
「韓非子」の内容について少し触れたいと思います。岩波文庫全4冊(金谷治訳注)には全55編が収録されています。一部を紹介します。「八姦(はちかん)」は君主に対して人臣がおこなう八つの悪事を、「十過(じゅっか)」は破滅に至る過誤十か条を、「説難(ぜいなん)」は権力者に進言するその説き方の難しさを、「説林(ぜいりん)」は説話を、「内外儲説(ないがいちょぜい)」は君主の心得三十三か条を、「難(なん)」は歴史故事などへの非難・論難を、「八説(はっせつ)」は世間で賞賛される八種の人物への批判を、「五蠹(ごと)」は学者・雄弁家などへの批判を、それぞれ説いています。特に「五蠹(ごと)」は秦の始皇帝も読んだとされており興味深いです。また、寓話として有名な「矛盾」の話が「難一(なんいち)」に出てきます。
金谷治氏によると、「韓非子」は中国政治思想の専制支配の論理を知るための必読書であり、人間存在について深い洞察のある人間学の書であるとされています(岩波文庫)。現代政治学を創ったとも言われる韓非ですが、君主が大衆を支配するための説から、「人」について多くを学べると思います。また、歴史上の出来事への言及や説話から学ぶことも多いと思いますし、人間は自分の利益を追求する存在であるという性悪説の立場とされる韓非の非常な人間観から学ぶことも多いと思います。
変化する時代に鋭い観察と歴史認識で変化を主張する韓非の言葉は、人の集まりである企業、変化する時代に直面している企業の経営に多くの示唆を与えてくれると思います。

古代中国の風景と題して三回にわたり書いてきました。春秋・戦国時代と称される紀元前770年ころから紀元前221年は、殷周時代と同じく文化地域ごとに大国が小国を率いた時代から、大国が小国を滅ぼし官僚を派遣した領域国家の時代へ、そして秦の全国統一までの約550年間です。私はなぜかこの550年間が好きです。春秋時代に最初の覇者となった斉の桓公(在位前685~前643)の宰相だった管仲にはじまった法家思想が、始皇帝に影響を与えた韓非により大成されたと思うと、事実はどうあれ、この時代への興味は尽きません。
(2011年4月 吉田 健司)