2014/08/31

商売の基本

 最近の商売はなかなか難しい。世の中には物が溢れ、また物だけではなく、情報も溢れているため、ただ単に売れば儲かる時代ではなくなってしまった。そのため、現在ではあらゆる商売で物を売るためにさまざまな工夫を凝らしている。
 他方、商売上の様々なトラブルも頻繁に起こるようになった。以前は売り手の方が強かったが、多くの情報が顧客に知恵を付け、また、人間関係が希薄になることで、相手のことを考えないようになった結果、ちょっと自分が気に入らないと直ぐに文句を言ってくる顧客が急増している。「お客様は神様」と誰かが言っていたが、本人達もそれが当然と思っている。本当に商売をするには難しい時代になったと思う。

 ある日、私は愛車のレガシィに乗ってガソリンスタンドへ行った。もちろん、給油をするためである。しかし、最近のガソリンスタンドは競争が激しく、単に給油だけでは帰してくれない。「オイル交換はいかがですか?」「洗車はどうですか?」「車検が近づいていますよ…」と望んでもいない提案を矢継ぎ早に言ってくる。正直言って、少々うんざりしている。
この日も若い従業員が「タイヤの圧力を調べますよ。」と言ってきた。何かを売ろうとするわけでもないし、時間も掛からないと思ったのでお願いをした。そしてガソリンを入れ終えたので帰ろうとすると「お客様、右前のタイヤが異常に空気が抜けているので、もしかしたらパンクしているかもしれません。お時間10分いただければ調べますが。」と突然言われた。
パンク?それは大変だ!確かにタイヤも5年以上替えていないし、最近の走りの悪さからみてもパンクはあり得る。私は一度高速道路走行中にタイヤがバーストしたという苦い経験があるので、また同じようなことになったら大変だと思い、あまり時間もなかったが10分程度だというので調べてもらうことにした。
私は待合室で待たされていたが、その従業員は10分経っても一向に戻ってくる気配がなかった。「やっぱりまずいのかな…」不安が益々増大していった。
20分が過ぎてようやく従業員が戻ってきた。「一緒にきてもらえませんか?」と言われたので整備場へ向かうと、愛車はリフトで完全に上げられていた。
「ご覧ください。パンクはしていませんでしたが、ここに大きく亀裂ができています。走行には大変危険な状態です。我々の基準では本来3年でタイヤを交換しなければなりません。恐らくこのタイヤはかなりの年数が経過しており、いつパンクしてもおかしくありません。今、在庫を確認したのですが、在庫がありますので、30分時間をいただければ交換できます…」と従業員は説明を続けた。
「???」何を言っているのだ?この人は。この流れでこのままタイヤ交換をするつもりなのか?私の車はスポーツタイヤを履かなければならず、通常だと10万円以上する。そんな高価な物を、人の恐怖心を煽って誘導尋問のようにして買わせるのか?私は怒りが込み上げてきた。「パンクしていないのですよね?今すぐ車を下ろしてください!」私は声を荒げた。従業員は拍子抜けした様子で「でも、このタイヤのままではいつパンクを…」「いいから下ろしてください!」
従業員は車をすぐに下ろし、私はそのまま帰宅した。「もう、こんなところ2度と行くものか!」と心に誓った。
しかし、そうは言うものの、タイヤがパンクするかもしれないという不安は頭の中から抜けなくなってしまった。そこで、インターネットでタイヤ専門店を調べ、できるだけ安い品物を探すこととした。すると、家の近くにタイヤ専門店があり、外国製ではあるが、安いものでは5万円程度のものがあることを発見した。「これは良い!」私はすぐに電話をした。すると、男性が電話に出て「うちは、在庫を置いてないのですよ。お客様からオーダーを貰って取寄せるので1週間以上かかりますよ。」と言われた。私はウィークデーには車に乗らないのでそれでも良いと思い、「基本的にはお願いしたいのですが、タイヤの種類にも色々あるので迷っているので是非相談にのって欲しいです。今からうかがってもいいですか?」とお願いをした。しかし、「うちではそういう相談にはのらないことにしているのですよ。以前、こちらで提案したものを購入したお客様にえらく怒られたことがあってね。タイヤ館は国産の高い商品を勧められるけど、イエローハットさんなら、色々教えてくれますよ。そちらで聞いて決めから連絡ください。」
こんな商売の仕方があるのだろうか仮に自分で種類を決めたとしてもこんなところで買うものか!
そして、言われたとおり近くのイエローハットへ行った。イエローハットは夕方だったこともあり、人もまばらだった。飾られているタイヤを眺めてみるとやはり色々な種類がある。しかし、従業員はすぐには声を掛けてこなかった。しばらく、眺めていたが違いが分からず困っていたころに、従業員から声をかけられた。私は一番安い外国産タイヤについて聞いてみたところ「値段であれば、これが破格です。でも、国産と比べると堅いし、寿命が短く、1年もすると走りにかなり差が出てきますよ。」次に最近はやりのエコタイヤについて聞いてみた。「エコタイヤは街乗りには適しているのですが、柔らかいのですよ。だから、お客様のようなパワーのある車では高い上、ヘリが早いし、コーナーでフニャフニャしますよ。」なるほど!この年でそんなにアクティブな走りをするわけではないが、ある程度しっかりグリップしてもらわないと困る。「ある程度、走りを重視するならこの国産タイヤがいいかもしれませんね。堅さは外国産のものと同じくらいですが、耐久性がまるで違います。それに、たまたま今日までキャッシュバックができる商品なので、かなりお得になりますよ。」これだけ私のニーズを適確にキャッチした上、安くしてくれる!買わない理由がない!
と、いうことで、その場で購入を決定した。そして今使用しているタイヤを見てもらうと「これはまずい状態ですね。いつパンクしてもおかしくないですよ。」とガソリンスタンドの従業員の見立て通りだった。しかし、不思議なことに今はその言葉が素直に受け入れられる。
ついでにオイル交換もお願いをしたところ、丁寧に説明をしてくれた上、量が半端になるということで量り売りをしてくれた。以後、私はこのイエローハットを愛用している。

現代の商売は難しい。何か特徴を出していかないと競合他社に埋没してしまう。また、強くなった顧客リスクへも対応していかなければならない。しかし、その前に、先の2社では何かが欠けていた。それは「お客様が何を望んでいるのか」を見ることである。お客様が何に困っているかを感じ、話をよく聞き、ニーズを適確に判断することで信頼感が生まれ、商売が上手くいったかもしれない。しかし、2社は自分達の「都合」を優先したことで、商機を逃してしまった。この様な難しい時代にこそ、「まずお客様と向き合う」といった基本姿勢が重要であると改めて感じた出来事だった。
(2014年8月 渥美 仁孝)