2012/12/31

仕事納めに思ったこと

昨年(2012年)、私の勤務先は12月28日金曜日が仕事納めだった。数日前から家族が体調を崩していたためだろうか、あるいは、前日27日の晩に東京の赤坂で仕事上の宴席があり、そのとき既に私自身の体調が怪しかったものの無理をして夜中まで飲んでいたためだろうか(或る案件でパートナーとなった他社の優れた専門家たちとの宴席そのものは楽しかったのだが)、28日の朝起きたときから私は調子を完全に崩しており、鼻をぶーぶーかみながらひどい声の状態で出社したのであった。その日は年に一回だけ16時から職場が宴会場として開放される予定で、その後、外の店に場所を移して私が属する部の忘年会が行われる予定だった。出社した私は、この日も無理をして忘年会に出席したら、年末年始の休暇中に当面寝込んでしまうだろうし、さらに悪いことには周りの上司同僚たちに風邪をうつしてしまう恐れが強いと思い至り、夜の忘年会は急遽欠席することに決めて幹事に申し入れた。そのやりとりを聞いていた上司が、緊急の仕事は少ないだろうから、早々に処理して午後休暇をとって帰るように助言してくれた。午前中に取引先から1時間程度プレゼンテーションを受ける予定が入っていたが、幸いその上司自身と別の同僚も当初から出席予定だったので、私の欠席が認められた。そのような次第にて、仕事納めの日、私は昼で職場を発ち、帰宅して昼間から寝込んでいたのであった。そのお陰で近所の行きつけの耳鼻科に診てもらえて、抗生物質等も処方され、体調は徐々にだが回復した。私は今、知り合いと共に北信のスキーリゾートにおり、一人早起きしてコラムを執筆している。

それにしても、仕事納めの日に会社を半日とはいえ休んでしまったのは、社会人になって初めてのことで、家で寝込んでいても何だか落ち着かず、勤め人としては大変中途半端な感じの年の瀬だなあと思わざるを得なかった。上司同僚にも迷惑をかけてしまって、達成感の感じられないしめくくり、というか、変な日本語だと承知で書けば「しめくくれなかった感」が強い。日本で長く働いている仕事人にとって年の瀬は、しめくくり感を味わうものと決まっているといっても言い過ぎではないだろう。(米国の同僚たちも、11月末の感謝祭から気分が休みモードになって、クリスマス前には、しめくくり感を大いに感じながら休暇に入るらしいので、似た様な文化は他国にもあるわけだが)
ところで、私は今回ほどひどくないにしても、毎年年末の休暇前に体調を少し悪化させてしまうことが多い。夏場などでも休暇が長い年には同様におかしくなることもあった。コラムを読んでくださっている皆様の中に、似た経験の方はいらっしゃるだろうか。

自身の場合の理由を振り返ってみると、緊張の糸が切れたという言葉が一番当てはまるように見えてならない。特に今回は、年明けの春から大きな仕事の案件が控えており、その開始手続きが年内に一段落したことで、12月26日頃に自分なりに小さな達成感を感じてしまったような気がする。要するにほっとして、ほっとした後で一定期間の仕事上の空白とは言わないまでも小康状態が来ることが予測できていると、体と気持ちの戦闘状態が解除されてしまうのではないだろうか(少なくとも私の場合は)。太く短く働くんだと宣言しているようなタイプの人には関係ないとは思われるが、長く働き続けたい人にとっては、仕事と休息、オンとオフ、繁閑のバランス、そういった働き方の調整も、ビジネスパーソンにとっては長く働き続けるための大事なノウハウだと考えさせられた今回の仕事納めであった。コラムの掲載は既に2013年に入った後かもしれないが、皆様健康で良いお年をお迎えください。

(2013年1月 酒井宏忠)