2007/07/01

偽装牛肉事件に見る中小企業のガバナンス問題

一頃ほど話題に上らなくなったが、M社による偽装牛肉事件は、なかなか興味惹かれるニュースだった。いかにも憎々しい社長のキャラに、次々と明らかになる不正の手口、ワイドショー的な要素も加わって、不謹慎な言い方かもしれないが、一連の報道を少々楽しみにしていた。いろいろと考えるべきことの多い題材ではあるが、今回は、この事件を中小企業におけるコーポレート・ガバナンス問題のサンプルとして考察してみたい。

M社の資本構造については詳しく知らないが、おそらく典型的なオーナー経営で、所有と経営は一致していたであろう。大企業で扱われるようなエージェント問題、株主によるガバナンス云々のケースではない。しかし、M社にも多様なステークホルダーが存在する。

社長の長男はM社の取締役、次男は監査役に就いていた。しかし、この2人は父親と反りが合わず、まともに経営について意見を交えることも無いまま、そっぽを向いていたらしい。社長は従順な三男を後継者として専務に据えたようだが、こちらは兄達とは逆に父親の言いなり。結局、兄弟の誰も父親の暴走を止めることはできなかった。記者会見の場で、長男が社長を諌めたということで、彼をヒーロー視する向きもあった。しかし、実際に社長の不正を知らなかったとしても、そもそも取締役としても息子としても、その責任を果たしていなかったのだから、誉められたものではないだろう。

同じ記者会見で、「社長に反対することはできなかったのか?」と訊かれた工場長が、「雲の上の人だから」と言っていた。M社の従業員は全員解雇、職を失うことになり、皆で社長に抗議していた。責めるのは酷なところもあるが、従業員の多くも不正の事実は知っていただろう。今回事件が明るみに出たのは、退職した元幹部による密告が元とのことである。彼らと社長との間にどのような確執があったかは知らないが、もっと早い時期に従業員一団となり、トップに意見することはできなかっただろうか。

事件発覚により、各納入先はM社からの仕入を打ち切ったが、中には、従業員が期限切れ商品をM社に横流しして私利を得ていた会社もあり、謝罪会見が行われた。しかし、そこまで悪質ではなくとも、各社の仕入先に対するチェックには疑問が多い。単純にM社のことを、コスト競争力に優れる効率的な下請けと見ていたのだろうか?裏に何かあると気づかなかったのか?「安ければ何でも飛びつく消費者の方も悪い」などという、M社社長の開き直りは論外だが、発注元各社もまた、責任を果たしていたとは言い難い。銀行等金融機関も、十分な審査を行うことなく、業績の良いお得意さんとして資金提供して来たのかも知れない。

更に行政の責任も大である。元社員による告発は1年前からあったのに、無視されて来たらしい。不手際をめぐっての役所間の責任のなすり合いには、毎度うんざりするばかり。国も自治体も、当事者意識とリスク感覚の欠如を示す事例は枚挙に暇が無いが、今回も典型的な醜態を晒すことになってしまった。

M社の事件は、社長の欠陥的な人格が引き起こした面が大きいと言えるだろう。消費者を欺き、従業員を蔑ろにし続けて来た結果、結局、会社も潰してしまった。しかし、多くのステークホルダーが、それぞれ経営に対する監督機能を発揮していたとしたら、社長の暴走を止めることができなかっただろうか?各ステークホルダーが個別に活動していたのでは、やはり難しいかもしれない。しかし、多様なステークホルダー相互の連携が形成されていれば、あるいは可能だったのではなかろうか?そんなことも考えさせる事件である。
(2007/7/1 福泉 裕)