2009/07/01

学び、発信するサイクルをつくる

コンサルタントとしてあるいは単に職業人として自分を磨くうえでは、知識や情報のインプットとアウトプットとの両方を短いスパンで繰り返すのが良い。

2年前の今頃に日経ビジネスオンラインに連載された葉玉匡美氏の「脱時空勉強術」は、割り切り方も話のテンポも小気味よくて楽しめたが、そこでも強調されていたのがアウトプットすることなしにインプットしても知識は定着しないという点だった。
その頃、初回登録から3年を経た私の診断士としての知識は、既にかなり風食されて体系を失ってしまっていた。試験は乗り越えたもののその後アウトプットの機会をほとんど作って来なかったのだから当然だろう。しばらくしてベトナムで経営戦略の研修講師の仕事が決まった。「これはマズイ」と集中的にインプットをやり直して、受講生の目線に合わせるべく精一杯の工夫を凝らしてアウトプットに努めたところ、葉玉氏が述べていた知識定着のメカニズムを実感する。ごく限られた範囲の知識ではあるが、ようやく定着したように感じた。

昨年から何度か出張しているメキシコでは、「大学で教えている」という人が妙に多いので不思議に思っていた。どうやら卒業して間もない先輩が講師を務めるのは一般的なようで、なかには卒論を書き上げられずに5年生・6年生をやっている学生が講師でもあったりする。
何といい加減な、と思う。しかし彼らにしてみれば学ぶそばからアウトプットの機会を得ているわけで、見方を変えれば理想的な学習環境なのかもしれない。

アウトプットは教えることに限らない。書くこともまたアウトプットの一大領域だ。
例えばブログである。何かと骨の折れる書籍出版に比べ格段に手軽な媒体で、中小企業診断士としてブログを持つ人も増えた。これをアウトプットの手段として積極的に活用してみるのはどうだろう。日々の仕事に際していろいろ考えたことはもちろん、読んだ本のサマリーと考察を記すのもアウトプットになるだろう。必要なのは読者を想定して自分ならではの味付けをして書くことだ。
やってみると相当に苦しい。「書く」という行為は、分かったつもり考えたつもりで曖昧にしていた事柄にもう一度向き合って考えを整理することを要求する。

そもそもアウトプットというのが、漠然と受け止めたままを伝言するのではなく、充分に咀嚼して自分なりの解釈を与え再発信することだから、この苦しさを避けて通れないはずだ。
私たちは日々たくさんの情報を仕入れてそれを元手に仕事をしているけれど、ただ右から左へ流すだけになっていないだろうか。さしあたりの課題に対処するために、適当な情報を見繕って安直な受け売りをするだけでやり過ごしていないだろうか。
つまり、教えたり書いたりを自分に課すことで、毎日の仕事が借り物の知識の単なる編集に過ぎなかったことに気づく。だからアウトプットすることなしにインプットしても知識は定着しないということになるのだろう。

中小企業診断士である以上、もっとも注力すべきアウトプットは診断だが、独立診断士を除く大半にとって診断の機会は多くない。教える機会もどちらかといえば限られている。
となれば、書くことをアウトプットの手段として意識的に取り組んでみるのが良いかもしれない。仕事としてではなく、自分のために書く時間を持つ。自分を磨く時間である。
(2009年7月 及川 美和子)