2013/08/13

やり続ける力

某企業にて、次世代リーダーの育成研修に携わって久しい。受講者の皆さまは、当該企業の将来を担うことが嘱望されている、いずれも優秀な方々ばかりだ。そこで5年前に出会ったAさんのことは、今でも強烈な印象として記憶に残っている。
同研修の存在は、同社の既存社員にも知れ渡っている。選ばれたメンバーは、周囲からは将来の幹部候補として認識されるとともに、本人にとっても大いにモチベーションが高まる機会となっている。
その年に研修の受講者として選ばれたのは、例年通り20名だった。第一回目の研修を無事に終え、重責のかかる任務を順調にスタートできたと安堵した一方で、なんともいえない違和感も感じていた。その違和感の理由は、Aさんにあった。
私は、研修講師とコンサルタントとして活動しているが、ヒューマンアセスメントと呼ばれる研修にも携わっている。ヒューマンアセスメントとは、人間を評価するという意味だが、一般的には研修の受講者に2日間で数種類の演習に臨んでいただく。ヒューマンアセスメント研修の具体的な内容は、受講者が6人程度でグループを組んで正解のないテーマでの合意形成を図ったり、受講者が上司役となり部下役を演じる講師への面接を行ったり、数十ページにもなる膨大な資料を読み込んで戦略を立てたりするものだ。アセッサーと呼ばれる専門的な教育を受けた研修講師がそれらの演習結果を踏まえて、受講者のビジネス適性を見極め、管理職としてふさわしいか、一人ひとりの強みと弱みはどのようなものか、などを査定するものだ。
私はそのアセッサー経験を少なからず積んできているため、アセスメント型の研修ではなく通常の研修だったとしても、一日ご一緒すればその方の能力がだいたい把握できると自負している。その年の受講者の皆さまからも、抜群の思考力や、優れた対人力が感じられ、さすが次世代リーダーとして選抜される方々は素晴らしいなぁという印象をいだいていた。ただ一人、Aさんを除いては・・・。実は、Aさんだけは、なぜこの次世代リーダー研修に選抜されたのか、皆目わからなかったのだ。社長のご子息など、何か特別なコネクションがあるのではないかと、うがった見方さえしてしまったほどだ。
その研修は3カ月おきに開催され、3年かけて合計12回の異なるテーマを受講していただいて修了となる。また、次回までに職場で実践することを全員の前で宣言して、一日の研修を終える決まりになっている。その年の初回研修でも、全20人が力強く目標を発表されていた。しかし、3カ月後の研修で確認した際には、その実践状況は惨憺たるものだった。ただ、これは例年通りで、想定の範囲内だった。ただでさえ優秀な方々なので、仕事は集中し、会社としても右肩上がりの成長を続けているため、業務量は相当なものなのだ。よって、「申し訳ありませんが、忙し過ぎて、実践できませんでした・・・」といった言い訳は、その時の20名だけではなく、毎年の受講者から聞かれるフレーズだ。しかし、ここでもAさんだけが例外だった。逆の意味で、私は大きな衝撃を受けた。Aさんも相当忙しい状況にも関わらず、自身が立てた目標を3カ月間、全てきっちりとやり切っていたのだ。これには、研修の様子を確認に来られていた人事のご担当者も、「彼も相当忙しいのに、たいしたものだ」と感心されていた。
第二回目の研修の終了時には、初回同様、受講者全員が自身の目標を力強く宣言した。私はその様子を、果たして何人の方がやり続けられるだろうかと感じながら聴いていた。
そして三ヵ月後、誠に残念ではあったが、やはり同じ状況だった。受講者の方々からは、「忙しくて・・・」という言い訳が聞かれた。ただの一人を除いては・・・。またもや、Aさんだけは、忙しいだろうに、完全にやり切ってきたのだった。
第二回の研修で感じ始めていた予感が、このとき私の中で、確信に変わった。そして、第一回研修でAさんに対して抱いた良くない印象を、心から申し訳ないと思った。
その後も、Aさんは毎回の研修テーマを、愚直なまでにやり続けた。Aさんは、おせじにも器用とは言えないタイプの方なので、その歩みは決して早いものではなかった。しかし、まさにウサギとカメの童話のごとく、一歩ずつ着実に新たな知識やスキルを積み上げていく様子が、三カ月おきにお会いする度に感じ取れた。
そして3年後、計12回の研修を無事に終えたあとで、次年度にマネージャーに昇格するメンバーが発表された。その代では、約半数の12名の方々が管理職に登用されることになったのだが、その中にAさんも含まれていた。きっと選ばれるだろうとは感じていたものの、やはりその報を聞いたときは、他の方々とは違う感慨深いものがあった。
現在は、また別の受講者の皆さまに、同じ次世代リーダー育成研修を行わせていただいている。その関係で、人事のご担当者の方々とも頻繁にお会いするのだが、先日もAさんの話題になった。ご担当者いわく、器用さは相変わらずないものの、立派に重責を務めていますよ、とのことだった。Aさんらしさを活かして、メンバーともうまくやっており、チームとしても立派な成果を挙げ続けているとお聞きし、非常にうれしい気持ちになった。
またその一方で私は、思考力や対人力などもビジネスで成果を挙げるためには確かに必要ではあるが、それだけでは十分ではないという想いを抱くようになった。むしろ、誰もが当たり前だと感じていることを、当たり前にやり続けられる力の方が重要なのではないかと考えるようになってきている。
Aさんからは、当たり前だが非常に大切なことを、改めて学ばせていただいた。私もAさんに負けないよう、自分でやると決めたことは最後までやり続けていく所存だ。

最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。
お正月や年度初めなどに、個人的な目標を立てている方は少なくないでしょう。大企業にお勤めであれば、会社の人事制度として、目標による管理(MBO)が導入されているという方がほとんどでしょう。ところで、それらの実践状況はいかがでしょうか。

このコラムが、「やり続ける」ということの大切さを、再認識していただくきっかけになれば幸いです。
(2013年8月 藤原 貴也)