2016/09/24

働き方改革が生産性を下げる!?

 最近、働き方の改革という言葉を目にする機会が多い。
 安倍内閣は、本格的な人口減少社会・少子化に対処するため、労働者個人やその家族のニーズに対応した働き方について検討・議論を進め、「働き方の改革」の方向性や支援のあり方を検討しており、『配偶者控除の廃止』『労働時間超過に対する罰則規定を設ける』などといった思い切った政策とセットでこれを進めようとしている。
働き方の改革として検討テーマはいろいろあろうが、「労働環境を自分で選択できること」「労働時間の柔軟性を担保すること」「生産性を向上させ短時間で成果を上げること」の3つがセットになって語られることが多いように見受けられる。
労働環境の多様性は、職場内のフリーアドレス化やリモートワークなど従来の慣行であった、毎朝会社に通勤し決められたフロアの決められた席で仕事をする、ということから離れ、自分が好きな場所で仕事をするということだ。場所はオフィスでもカフェでも自宅でもどこでも構わない情況を目指す。
労働時間の柔軟性は、従来からもフレックスタイム制などがあったが、それをさらに拡大させ、本人が働きたい時間に働くこと。例えばお子さんがいるご家庭などでは、昼間は子どもの面倒を見て、朝や夜に仕事をするというものだ。
この労働環境の多様性・柔軟性を担保しながら、いかに一定の成果を上げるのかがポイントなってくる。一言でいうと、多様性を保って生産性を上げるということが論点になり、中でも一番焦点が当てられやすいのは働く場所をオフィスから離れるということである。

私が携わっている企業でも、ここ数年働き方の改革について検討を重ね、様々な施策を施しているが、現状目覚ましい成果を上げるには至っていない。理念について反対する者はほとんどいないし、できれば混雑した電車で通勤をしたくないのは誰しも一度は抱く思いだろう。
そこで、会社に来なくても良いようにテレビ会議システムを使った遠隔会議や、社内外で情報を共有できるようなビジネスSNS、ファイルシェアードサービスの導入などIT環境の整備を行い、社としても来なくても良いのだ!とメッセージを積極的に発信したりする。
極端な例では、オフィス内を完全にフリーアドレス化し、従業員が全員来た場合は座る席もないような極端な施策を打ったりもする。
ところがこのようにスペックだけ見れば、明らかに会社外で仕事をしたほうが優位な環境を作ってみたとしても社員は今までと同じような時間に出社し、同じようなワークスタイルで働くことが多く、今までと働き方に変革が見られたり、生産性が向上したように見受けられない。
管理職が会社に居ることが良くないのか?と考え、管理職・リーダークラスにも多様な働き方を推進してもらうのだが、それでもメンバークラスが自らの意志で様々な働き方を選んでいる様子はない。
本質的な原因は何なのか?と考えてみたところ、働き方の改革はイノベーションの促進と両立が難しいのではないか?と私は考えている。

イノベーションも昨今語られることの多いキーワードの一つだ。単に与えられた仕事をこなすことではなく、課題に対して新しいソリューションを考案することや、これまでにない技術的な革新を生み出すことなどを指す。
イノベーションを起こすことは、企業が永続的に維持発展する上では必要不可欠である。私も以前、やはりある企業で積極的にイノベーションを生み出すための施策を様々展開していた時期があるが、その際に二つ気づくことがあった。
一つはイノベーションには型があるということ。そしてイノベーションの発芽をビジネスに繋げるには重要なファクターがあるということだ。取り組みを進めることや諸処の事例を研究するうちにイノベーションが起こる型には二つの体系があることがわかった。すなわち、①誰かの"不"に対して、第三者が新しい解決策を提示する事。②複数の人数で何気ない話をしているときに、それぞれに何か気づきがあって新しい解決策が生み出される事 の二つである。
これに気づいた我々は組織の中に様々な仕掛けを施し、徐々にイノベーションの芽を複数生み出していった。ところがその芽を育てることや数を増やすことがなかなかできないのだ。その理由も二つに分けられた。
1)知識や知恵・情報が特定の部署・グループに偏在している状態ではほとんど進まない。情報公開と組織の壁を乗り越えてコラボレーションができることが重要になってくる。
2)先ほどの①のパターンにしろ、②のパターンにしろ、何気ないきっかけを作る必要があるが、それが組織からの強制が掛かると起こらない。能動的にイノベーションを生み出すようにするためにはネット上での取り組みだけでは効果がないことがわかった。人が直接的に顔を合わせ、語りあう仕掛けを用意し、お互いで話して協働する環境がなければイノベーションが生まれることや深まることがない。一方で様々な仕掛けを用意したところで本当にイノベーションを起こしてくる人はかなり人数としては限られてくる(だからと言ってイノベーションを起こさない人は能力がないということではない。企業が永続するためには単にイノベーションを起こす人ばかりでは何も進まない)ということはあるが。
イノベーションを起こすには、人が様々な壁を乗り越えてコミュニケーションをすることが重要であり、組織はそれを強制ではなく有形無形の能動的に動きが生まれる支援が必要ということが結論だが、このコミュニケーションがIT環境だけでは実現しがたい。SNS+テレビ会議と、席に行ってちょっと軽く話すだけでは全く情報の密度が違う。実際にやってみると驚くほどわかる。この直接的なコミュニケーションがイノベーションにおいて重要なファクターなのだ。
働き方改革で多様性や柔軟性を認めると個人個人のコミュニケーションの質は驚くほど下がる。限られた枠組みの中でしかコミュニケーションが深まらない(LINEで大量に知り合いがいたりグループに参加しているが、結局連絡を取り合っているのは限られた人たちが多いという経験は私だけではないはずだ)。
働き方の改革を始め、オフィスに捉われないことを推進すると初めは生産性が上がったように見えるが、これはタスクの処理が速くなっただけ。ただタスクをこなすだけならば会社に来る必要はないことは言えるが、そもそもそのようなタスクは効率化やアウトソーシングされていることが多く、あまり大きな成果に繋がらない。重要なのはタスクを造り出すためのイノベーションの創造と新しいビジネスに仕立てることであり、そのイノベーションを起こすには今のところオフィスのような顔を合わせる場が重要なのだ。
一部の業務はオフィスに捉われないことで生産性は向上できるがこれはどちらかというと効率化に近く、企業としての生産性を上げることは単純な働き方改革を行うことで返って下げてしまうというのが、現場で体験したものの実感だ。
本当に働き方を変える方法として筆者が今取り組んでいるのは、オフィスとマネジメントの再定義であり、様々な仮説を出しながら実証実験の設計に入っているところなので、成果が出たらまたお伝えしたい。
(2016年9月 J.H.)